巷にはハラスメントが溢れている。
セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ、オワハラ......どんだけ種類があるというのだろう。
しかし、どの類であったとしても共通しているのは、ハラスメントは受け手側の受け取り方次第で、単なる笑い話で終わることもあれば、ひとつ間違うと係争事案になる場合もある、ということだ。
ハラスメントを行う側にそれを選択する権利はない。無自覚な輩は、己の行動がハラスメントに繋がる恐れがあるなどとはあまり深く考えていないのが普通だ。
まったく、バカな輩だ。大バカ者だ。いったいどこからその慢心、驕りが来るのだろうか?
ボクはこれでも一応、会社では管理職。それなりの難しい立場にいる。好むと好まざるとに関係なく、ボクのひとつひとつの言動や一挙手一投足が部下たちやその周囲に影響を与え、まかり間違うと直接的もしくは間接的にハラスメントに繋がる言動を行っている危険性を孕んでいる。
そう言ってしまうと多少は自意識過剰気味であることは否めないが、「石橋を叩いて渡ろうと思ったら、叩きすぎて壊して渡れなくなることもしょっちゅう」という病的な慎重さを持ち合わせた小心者であるボクは、常に細心の注意を払うよう、自らの身を挺して日頃から典型的なハラスメントの雨あられを浴びながら鍛練している。
切った貼ったを会社という名の戦場で繰り広げて帰ってきた企業戦士たちは、己の帰るべき場所=自宅に戻って初めて安堵するのがふつうだろう。
郵便受けの中のチラシや手紙はとりあえず鷲掴みにして持って帰ってくるけれど、その中にたまたま宅配便の不在票が入ってて、宅配便ボックスの中に荷物が届いてるところまで確認しないなんてのは日所茶飯事。
玄関のドアの鍵だって締め忘れることもあるだろうし、トイレの電気だって消し忘れることもあるだろう。風呂に入った後に換気扇をつけ忘れるなんてもはや恒例行事となりつつある。
だって、外で張り詰めていた神経を解放することがようやく許されたんだもの。ここは自宅だよ。周りは敵だらけの戦場からやっと帰ってきたのだから、そりゃあ多少は油断するさ。気を許せる家族を前にしても、常時緊張感を保つなんて無理無理〜。
でも、カミさんは決して手を抜かないし、容赦なんて一切しない。
まるで「敵はいつどこから攻撃してくるのか判らない」とでも言いたげに、ふと油断した間隙を縫って会心の一撃を放ってくるのだ。
この間もそうだった。
疲れた身体を癒すために、帰宅直後にひとっ風呂浴びて風呂場から出てきたボクは、肝心な物を用意し忘れていることに気づいた。新しいおパンツも部屋着も準備せずに素っ裸になって風呂に入ってしまったのだ。こいつは痛恨の極み、自宅に帰ってきたからすっかり油断してしまった。まぁ、こんなことはしょっちゅうある普通の話なんだけどね。
「こいつはウッカリだ!」
八兵衛とは似ても似つかないボクは、自宅なんだから当然だと、キチンと身体についた水滴を使い古されたバスタオルで丁寧に拭い去った後、惜しげもなく全てを開チンしたまま、生まれたままの姿で自分の部屋におパンツを取りに行こうとした。
風呂場の脱衣所の扉を開けると正面には台所。帰宅して風呂に入っているボクのためにカミさんは晩飯の用意をしてくれていた。
もちろん、そんなタイミングだから、台所にいたカミさんとバッタリ正対することになる。ボクはバスタオルを腰に巻くこともなく、あられもない生まれたままの姿を晒していた。別にこちらは恥ずかしくもないし、カミさんだってウブな女子高生じゃないんだから平気平気。そう思ったのが間違いだった。
ボクの姿を見て、カミさんはこう言い放ったのだ。
「ちょっと、そんな汚らしいモノをプラプラさせてうろつかないでくれる?」
......おいおい、ちょっと待て。
今さっき風呂に入って念入りに(?)洗ったばかりのモノが「汚らしい」ワケないじゃないか。ボクだったらこのリトルボーイには頬ずりだって出来るぞ。とてもじゃないが身体が固くて頬ずりは無理。だって中国雑伎団に在籍していた経歴は過去にないんだもの。
それにおパンツを履いてない一糸まとわぬ姿なんだから、そりゃあプラプラしたままプラプラもするさ。だって、ここは自宅なんだし、解放されている奴はフリーマンなんだし。カミさんだって万有引力と振り子運動ってのを高校の物理か何かで習ってるだろう?
でも、ボクはそう心の中で思っただけで、もちろん少しも抵抗などはしないし激昂などもしない。なんせオイラは疲れてクタクタなんだ。もうこれ以上無益な争いなんてゴメンだからね。
「あ、ゴメン」
そそくさと素っ裸のまま自室に入り込み、その場で颯爽とおパンツを蒸着する、それしか残された道はないんだ。
おパンツだけじゃなく、部屋着を身にまとったボクは、用意されて晩飯を食べながら、先ほどのカミさんの発言を今一度振り返ってみる。
ひょっとしたら、先ほどの発言には多くを学び取る何かがあったんじゃないだろうか?
元来争いごとを好まない無抵抗主義にその身を捧げるボクだから、この場がこれ以上荒れることはないものの、時と場合によっては先ほどのカミさんの発言はハラスメント事案としてクリティカルにヒットするだろうし、コンプライアンス的にもヤバい話なんじゃないか?←何言ってるんだ?
先ほどのカミさんの何気ないひと言は、発言の矛先であるボクの受け取り方次第では、セクハラにもパワハラにもモラハラにも該当する発言に相当する、に違いない。
プラプラしたモノを持つか持たないか、そこには明らかに性別の違いによる差が存在する。プラプラを所有していないカミさんが、プラプラを所有するボクに対しての発言で、しかもそのプラプラを指摘の材料に選んでいる。この時点で、そこに性別の違いによる差別的な何かを想起させる。
また、本来的には洗い立ての汚らしくはないプラプラを有無を言わずに「汚らしい」と一方的に断言している。上位の者(カミさん)から下位の者(ボク)に対して、家庭内の絶対的な力関係を利用して事実とは異なる決め付けを押し付けている。ここにも暴力的な何かを感じずにはいられない。
更に、このやり取りはリビングでテレビを見ている子供たちの耳にも届いている。本来的には子供たちから尊敬の念を受けるべき父親という地位にあるボクに対してのカミさんのこの発言。それはボクの父親としての地位を著しく貶める行為であり、親子関係を意図的に崩壊させることにも繋がりかねない。子供たちとの関係性におけるボクの尊敬されるべき父親として地位確認と、精神的負担を強いられたボクに対する慰謝料的なものを請求する訴えを起こしたら、ひょっとしてボクはその裁判で勝ってしまうんじゃないか?
おそらく、ボクがそれなりのところに駆け込んで訴えでもしたら、カミさんは全面敗訴。トリプルパンチでノックアウトで、ボクの完全KO勝ちになるに違いない。
いやいや、恐ろしい。こんな生活の中にまでハラスメントは浸食しているのか。まったく世知辛い世の中だぜ。
これまでの生活の中で先ほどのような発言は決して珍しいものではなく、むしろどちらかと言えば「今日の矛先はボク自身じゃなくて、プラプラするリトルボーイでよかった。」と責任転嫁もできるのだから、まだマシな話。なんならカミさんには「後でよく言って聞かせておくよ」と、まるでその意見に同調して味方として振る舞うことも許されるシチュエーションと捉えることも可能で、ボクの機転によっては危機を容易に回避することも可能だったからだ。
ただ、大事なことだから何度でも言っておくが、一度放たれた発言は、相手の受け取り方によって、笑い話にも訴訟にもなりかねる危険性を常に孕んでいるということを忘れてはいけない。
昔の人が「親しき仲にも礼儀あり」とはよく言ってくれたものだと感心してしまう。ホント、カミさんに向かって百万回でも連呼したい衝動に駆られる。そんなことは決してしないけどね。
ということで、世間は思った以上に辛辣で、いつ何時自らの失態で窮地に追い込まれるかわかったもんじゃなあから、脊髄反射的な発言はなるべく控え、よくよく考えてから口にするようにしたいものだなぁ〜と心の底から思う。
みなさんも不用意な発言にて意図せず不利益を被ることのないよう注意されたし。
ってなことで、今回はここまでっ!
(おわり)
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