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2013年11月20日水曜日

654:【戯れ言】「人の悪口を言うと、どこかで自分も悪口を言われる」って気にするのもどうかと思うよ!の巻

毎度どうも、さいたまの孤高のωブロガーこと、ひろさの(@Hirosano)です。

ウチの会社の喫煙ルームで繰り広げられた会話を元に、掲題の話なんかを展開してみたいと思います。

朝の就業前だか昼休みに同僚・後輩とタバコを吸いながら雑談していた時の話です。

その場にいない人のやらかしたトンでもない話(事実に基づく話で決して意図的な悪口ではなかった)をしていたところ、一人の後輩がなかなかその話に乗ってこなかったので、「なんだ?調子でも悪いの?」と様子を伺ったところ、これまたトンでもない発言が出てビックリ致しました。

その後輩曰く、「私は、人の悪口はなるべく言わないようにしているんです。なぜなら、誰かの悪口を言うと、きっと私のこともどこかで悪く言う人が出てくると思うので、そういう悪口めいた発言は極力控えるようにしているのです。」と言うのです。

う〜ん、これは思い違いも甚だしい。

ボクはその場で、柄にもなくその後輩に注意をしてしまいました。


人の悪口を言うとどこかで自分の悪口を言われる?

自意識過剰って言うんでしょうか?そんな法則を唱えた科学者や心理学者など金輪際聞いたことがありません。

誰かの悪口を言うと「悪口発言カウンター」の数値が一つ上がるかフラグが立つかして、それがゼロになるまで誰かに自分の悪口を言われる......そういうシステムがいつの間にか構築されたとでも言うんでしょうか?それは神が創りたもうたこの世の常なのでしょうか?

諸行無常なのかもしれませんし、所業無情なのかもしれませんが、それでも「人の悪口を言うと誰かに自分の悪口を言われる」とする根拠が理解できません。

幼き頃、母親にそう諭されたのかどうかまでは判りませんが、それを齢30後半になるまでただひたすら信じている後輩の幼さに愕然とせざるを得ません。

(こいつは、本気でそんなことを言っているのだろうか?)

会話を継続しようと試みるものの、彼(後輩)の真意を確かめずにはいられませんでした。

そのシーンを少し巻き戻して再現してみましょう。


「私は、人の悪口はなるべく言わないようにしているんです。なぜなら、誰かの悪口を言うと、きっと私のこともどこかで悪く言う人が出てくると思うので、そういう悪口めいた発言は極力控えるようにしているのです。」

......うん、そうなんだ。エラいでちゅね!

「いや先輩、茶化さないで下さい。これって結構いいところを突いた真理だと思いません?」

真理?っていうと、どういうこと?

「因果応報っって言うんですかねぇ。誰かを貶める発言を繰り返していると、やがてその矛先は自分の方に向けられるといいますか。そういうのってたぶんあると思うんですよね。」

う〜ん、(その根拠が)よく解らないんだけど......。

「実際にそういう目にあって凹んだことがあるとか、そういう話でもないんですけど、悪行は誰かが見ていて、その罰がいつか自分に降るんじゃないかって思いません?」

誰かって、神様とか?罰っていうのは天罰ってこと?

「特におかしな宗教にハマっているとかじゃないですからね(笑)。日本人の思考で言うと八百万の神様とか、どこにでも神がいるって信じるじゃないですか。きっと他人の悪口を言っているところを誰かに観られているんですよ。それで、それが回り回って自分のところに跳ね返ってくると。だったらそんな行いは控え、ただ着実に人の良い面だけを観てプラス思考で過ごすと。加点主義的な発想とでも言うんですかね?」

なんか得意気になって根拠のない話を自慢気に展開するこの後輩が鼻につきまして、これだけは断言できると思ったので、ボクはこういうアドバイスをその後輩に送ってやりました。

でもさ、お前が人の悪口を言わなくても、影でみんなお前の悪口を言ってるぜ!

......身も蓋もない発言だと、そう思われるでしょう。

実際に、この後輩の口からはしばらく言葉らしい言葉が出てきませんでした。

こんな感じ→ ガ━(llʘิДʘิll)━ン!!!

が、これは紛れもない事実、だったりするんですよねぇ......。可哀想に。

自意識過剰なクセに自覚がまるでないんだから困りもの。

まぁ最近「自意識高い系」が流行ってるみたいだから、流行の最先端とも言えなくもないんですが、この後輩の場合はハタチそこそことかじゃなくて、そろそろ40歳になろうかというそれなりの社会経験を積んだ大人ですからね。甘いというか世間知らずというか。

どんなぬるま湯で育ってきたんだか......。

結局、この手の輩ってのは、自意識は過剰気味で本来的なところ(例えば普段の業務態度とか成績とか)を気にせずに、どうでもいい周辺(人の見る目とか評判)にばかり気を使うので、そのどちらもが有機的に繋がっているいて総合的にその人となりが把握されているって事に気がついてないんですよね。力を入れるところが偏り過ぎていて、余計に(周囲の総合評価が)ダメになって行くんですよ。

この後輩の純真無垢かもしれないけれど少し天然の入った馬鹿っぽい気持ちは、大の大人の発言とは言い難い、己の置かれた立ち位置(年齢とか役職とか)から大きく乖離した「単なる逃避行動」とも取れる考えではないか?と思いましたので、それを諭すように重い槍思いやりを以って、あえて愛のムチを振るったと、そういうことでございます。強烈な荊の鞭ですけれども。

結局は、本来やらなければいけないこと(面倒臭い仕事とか厄介な交渉事とか)からは逃げ出して、それ以外の生きる道(人当たりの良さとか飲み会などの仕事以外の場)で生きていこうとする、若い人から見ると「なんでコイツがこんなに偉そうにしてるんだろう?ただ歳が上だってだけなのに.......」っていう典型的なお荷物扱いになってるんですよね、こういう思考回路の人ってのは。

そんな輩の数が多くなるから「上の世代は使えない」とか「仕事しないくせに高給取りやがって」とか言われちゃうんですわな。

もうすぐ40になろうとする社会経験もそれなりの大人であることをキチンと認識して、それ相応にふさわしい発言をしてもらわないと一緒にいるこちらが恥ずかしいと、そういうことです、はい。


そもそも、「人の口に戸は立てられぬ」とも言いますし、誰かが誰かの悪口や良からぬ噂を口にしない日はありませんよね、たぶん。

この根拠のない「人の悪口を言うと、どこかで自分の悪口や言われるから、悪口は言わない」ってな盲信というか迷信ってのは、どのくらいの人が信じて実行しているんでしょうか?

どうせ皆さんも、その場にいない人の噂話や悪口を酒の肴にして、日々のストレスを発散しているんでしょ?そうなんでしょ?

人間なんて、所詮はそんな下衆な生き物なんですよ。

いくら綺麗事を吐かしたって、頭のてっぺんから爪先まで何の汚れもない聖人君子なんているワケがない。

己の愚かさを認めましょう。そして、その罪深き存在を肯定しましょう。

その方がよっぽど人間らしいと思うんですけどね。

まぁ、ボクみたいに、ここまでダークサイドに陥る必要もないかとは思うんですけどね。

そんなに人から悪口を言われたくなかったなら、「人の悪口を言わないように気をつける」その前に、他に気をつけなきゃならないことが沢山あるんじゃないの?って思うんですけど、そこんところ、皆さんはどうお考えなんですかね?

(おわり)

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